東京芸術大学のクラブ活動の一つに、芸大バッハ・カンタータ・クラブというのがあります。バッハの教会カンタータを演奏することが目的で、声楽、器楽双方の有志によって1970年に創立されました。2009年現在で39年という長い歴史を誇るクラブです。創立以来、ひたすらに小林道夫先生の指導を仰ぎ、小林先生が2005年に退任されたあとも、クラブ内の指導的な立場の方々によって、現在も活発な活動を続けています。創立当時は、この活動がかくも長く継続していくとは誰も想像だにしませんでしたが、その予測に反して、クラブは現在の日本のバロック音楽やバッハ演奏を担う多くの人材を輩出しつつ、ひたすらに邁進し続けているのです。そうしたクラブの活動の副産物として、東京バッハ・カンタータ・アンサンブルは1977年頃に誕生しました。当時、市井の合唱団が管弦楽付きの作品を取り上げる場合、ほとんど既成のプロオーケストラに依頼するのが一般的でした。周知のようにプロのオーケストラを依頼するには相応のコストが必要であり、とりわけバッハやヘンデルの作品に求められる小編成のオケの需要に対して、小回りが効きにくいという側面がありました。そうした中、地味な活動ながら、カンタータを専門に取り上げて、演奏・研究を続けているカンタータ・クラブの活動に耳目が集るという現象が起こり、少しずつですが各合唱団から演奏の依頼が舞い込むようになって来ました。ただ、そういった依頼があっても「カンタータ・クラブ」自体は学生の団体であったので、実際にその要請に答えるには制約もあり、学生ゆえの未熟さもあったので、そのような公演依頼をクラブのOB有志が引き受けることになったのです。その後、多少の紆余曲折はありましたが、そうした公演の折に公けに使い始めたのが「東京芸大バッハ・カンタータ・アンサンブル」という名前でした。やがて学生の団体であるというイメージを払拭するため「芸大」をはずし、現在の「東京バッハ・カンタータ・アンサンブル」と言う名前に改めたのが1978年、この名前での初めての記念すべき公演はその年の11月、青山学院講堂での「クリスマス・オラトリオ」でした。合唱は東京ヴォランテイア・コワイア、指揮はニュルンベルグのオルガニスト、ウェルナー・ヤコブの指揮という陣容でした。爾来、その様式感にのっとった演奏が評価されて、少しずつですが演奏依頼も増え、現在では年間10~15回近い公演をこなすまでに至っております。また、メンバーの多くは古楽器奏者としても活動を展開しており、最近の世界的な潮流にも対応して、ピリオド楽器を使用した演奏にも積極的に取り組み、この方面での演奏も高い評価を得ています。これまでに全国各地の30以上の合唱団と共演を重ねていますが、その中でも取り分け、新潟メサイア合唱協会、横浜合唱協会、三島グロリア合唱団、近年では文京シティ・コア、早稲田大学混声合唱団、混声合唱団「樹林」等とは密接な信頼関係を保ちつつ、その定期公演に名前を連ねています。(文責 李 善銘)


